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三年目の3月11日にむけて

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ラブフォーニッポンは
昨年の3月11日は福島県のおこなう追悼式典に協力させていただきました

震災から三年を迎える今年
福島県から正式に3/11の追悼のキャンドルナイト事業を受ける事となりました

昨年は福島市でおこなわれた県主催の追悼式典のみでおこなわれたキャンドルナイトでしたが
今年は福島県全地域でおこなうということになりました

ラブフォーニッポンは
発災直後多くのスターターから集められた物資を3/14には
原発から30キロというラインをひかれた沿岸部の津波被害地域に届ける所からはじまり
地域のお祭りに参加したり仮設住宅を訪問したりと福島県の方々と様々な交流を続けてきました

震災直後と三年が経とうとしている今では
出逢う人々の想いも変わりつつあります

どの方もそれぞれに辛い体験をされてきました
時間の経過での変化という事もありますが
福島県という大きな県のなかでは地域によって震災、原発事故後の想いはかなり違うものであるという事も知りました

福島県以外の方はどうしても福島県は”フクシマ”としてひとつに見てしまいがちですが
福島のみなさんは少なくとも縦に三つに分けた地域としてもとらえており
沿岸部のはま通り
郡山などのなか通り
そして会津地方となります

震災の被害というものはすべての地域でありました
また沿岸部は津波被害が多くありました
そして原発事故です
福島での”東日本大震災”はこれらすべての被害があります
そして
原発事故がもたらした被害の影響はむしろ福島県内での衝突を生むものともなりました

浜通りのみなさんの津波被害や放射能の問題で家に帰れなかったりこの先の見えてこないことへの不満など
そしてその浜通りの方が多く避難されたなか通りのみなさんの複雑な想い
その一つには
「自分たちは原発の恩恵は受けて来てはないのに事故後にはたくさんの放射能が降り注いで来た
震災被害と放射能被害があるにもかかわらず補償をしてもらえず支援も受けれなかった
が避難して来ている人達はこれまでも恩恵を受けて来ていたのに事故後は被害者となり補償も受け支援も受けている」
そのように思う人もいます

そしてさらに会津地域のみなさんの気持ちはこれにさらに
風評被害という問題も加算されています

沿岸部でも相双地域のみなさんといわき市のみなさん
また原発周辺地域のみなさんの現状とその方々に対するその他の福島県のみなさんの気持ちなど
多数の支援を受け、また受け続けているところ
多額の補償をもらえている町、まったくもらえない地域
放射能による実被害と風評被害‥‥と多くの不満の声を聞いてきました

しかし同時にその声を聞いた最後には福島県民がどれだけ我慢強いのかを知る事ともなりました

みな多くの不満や問題を抱えているにも関わらず
それでも言葉の最後には
「原発で働いているあの人達に比べたら」とか「家族を亡くした方達に比べたら」
「家に帰れない津波被害の方達に比べたら」など
自分よりも大変な人達のことを想い、そして「だから我慢しなくっちゃね」となります

それらの言葉の多くは震災から半年くらい経ったころから
訪問先で炊き出しや物資提供をしていると
「キャンドルも灯してほしいなあ」と言われ
月命日にキャンドルを灯し始めたころからより多くの想いを知る事となりました

キャンドルナイトではキャンドルホルダーにみなさんの想いを書いてもらい
それぞれに灯してもらうことをしていました

ぐちゃぐちゃになった港の道の駅で灯した時には
「お父さんかえってきて!」
「亡くなった家をまた建てられますように」
「また学校へ行けるようになりますように」
「こどもが放射能で病気になりませんように」
など炊き出しの最中の会話のなかでは聞こえてはこない
そして「我慢しなくっちゃね」という最後の締め台詞がない
痛切な心から一番の想いが書かれていました

発災直後から
ずっと物資を運び続けた旅の中で
自分の仕事である”キャンドルを灯す”という行為は
到底、今被災地では必要ないと思っていました

ですが
訪問先のみなさんからの声でキャンドルを灯し始めたときに
これらのメッセージが書かれ
そして何人かの手を合わせながら涙する姿を見たときに
すこしだけ自分の仕事の必要性を感じる事ができました

震災から三年を迎える今年
福島県は県全地域においてキャンドルナイトをおこないましょうと声をかけてくれました

この主役は今の福島で暮らすみなさん一人一人であってほしい

出逢っていく中での会話ではたくさんの辛いことを話してくれますが
それでも最後に我慢してしまう福島県のみなさんに
キャンドルホルダーの
かぎられた面積に自分のなかにある一番の切なる想い書いてもらい
その人にしか灯せない光を3/11という一日だけは灯してほしい

そんなイベントにしたいと考えています

今年になってから決定したイベントですので
3/11までは時間があまりありませんが
福島の各地域に通い様々な方達と交流を持たせてもらっています
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ほぼ毎日のように福島に通い

南相馬では野馬追のことを学んだり仮設住宅を訪問したり
白河ではダルマ屋さんを訪問して一緒にダルマキャンドルを作るお話をしたり
南会津ではつる編みの籠作りに参加してみたりと
南や北、東や西へと
暖かい沿岸部もあれば猛吹雪の豪雪地域など巡っていますそして
3月11日の一ヶ月前である2/11は
双葉町のみなさんが暮らす仮設住宅を訪問してきました
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バーベキューをおこなったりビンゴゲームをしたり
大道芸やミュージシャンのライブなどと
にぎやかな一日を皆さんと過ごし
夕方からはキャンドルナイトをおこないました

ここでも
みなさんにもメッセージを書いてもらいました

原発のある町”双葉町”
帰る事の出来ないみなさんが暮らす仮設住宅
そこで灯したキャンドルにはやはり切ない願いがこめられていました

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このひとつひとつのメッセージをもっともっと多くの方に伝えることが
三年間通い続けて来た自分たちが出来る仕事なのではないかと思います

この3/11のキャンドルナイトが終わっても
月命日に仮設住宅で灯す事は続けていきます
そしてこれまでと同じようにその仮設にいるみなさんには言うつもりです

「追悼の灯火を灯すのではありません
亡くなってしまった方々が今の被災地を見たときに
安心してこの世を去る事が出来るのだろうか?
残してきた家族が今、平穏に暮らせているのだろうか?
未だ仮設住宅はあり
三年経とうとしている今でもこの先がどうなるのかわからない
そんな中で月命日を一人寂しく過ごしてはいないだろうか?

だからまだまだ東京からたくさんの友人を連れて来て
楽しく,おいしく,にぎやかな一日を作っていますよ!
皆さんにも見てもらいたいから、たくさんのひかりを灯しています!
まだ見ていて下さいね!
木の上や屋根の上からきっと心配で見ているみなさんにみてもらうための
キャンドルを灯しに来ています」
そんなふうに伝えています

いつの日かほんとうに
みんなで「もう大丈夫。いろいろあったけど今私たちは元気だよ」

そんな日が迎えられたときに
みなさんと一緒にあらためて”追悼の灯火”を灯したいんです

今年も月命日はかならずにぎやかな一日にしていきます

どうぞ三年目を迎える3/11を
そしてそこから新たに始まる活動へのご協力をよろしくお願い致します

CandleJUNE

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https://www.facebook.com/LFN311

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