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熊本活動スタッフレポート

挑戦。
人との繋がり。
助け合い。
笑顔の分かち合い。

全てが詰まっていた5日間の熊本でした。

LOVE FOR NIPPONの前身は、知っている方も多いと思いますが、
2010年のハイチ地震が起こった際に基金を募る団体として、
Candle JUNE、若旦那、MINMIが立ち上げた「LOVE FOR HAITI」。

それから、2011年の東北地震をきっかけに、「LOVE FOR NIPPON」が立ち上がった。
自分も何度も現地を訪れ、震災被害の様を目で見て感じてきた。
それは、単にボランティアという言葉になるのかもしれないが、
“LOVE FOR NIPPONプロジェクト”は、
単発で終わる事なく復興、発展へと繋がるものにしたいという長い道のりを側で応援していく団体だ。

現在も月命日と題し、毎月11日には東北へ。
2007年の中越地震のサポートの為、新潟へ。
「LOVE FOR NIPPON」は「何かをしたい!」という気持ちを力に動き続けている。

そして昨年、熊本地震が起こり、熊本へ。

JUNE君から「熊本行こうよ」という言葉をかけてもらった事から始まり、
初めて個人で参加させてもらった「LOVE FOR NIPPON」。
イベントのステージ進行/監督というこれまた初めての事を任され、
楽しみと不安が混在しながら熊本に向かった。

会場に着くまでの車の中からは、南阿蘇の広大な大自然と満開の桜が目を楽しませてくれた。
イベント会場地に着くと、大きく崩れた山が目の前に広がっていた。
山頂から完全に崩落し変形している。
周りには崩れた家屋やアパート。
あちらこちらでブルーシートが被されている。
そうここは完全に被災地だった。
一瞬で現実に戻された。

この場所でイベントを行う意味、ここに集まる意味を噛み締めながら会場作りから始めた。
立入禁止になり、廃校同然になっている学校の校庭でのレイアウト、テント 建て、駐車場作りなど自分たちで作っていく。

地震で傷つき困っているのを助けたい。
現地の人の役に立ちたい。
自分に出来る事があるなら、元気になる手伝いをしたい。
“ボランティア”とググると、直ぐ見つかるありふれた気持ちからという事も確かにある。
しかし、今回の熊本参加を決めたのは、、、

自分の人生の為!

40歳になり、仕事の転機があったことも重なり自分に時間を掛けてみようと思った。
遊びの延長上で仕事を始めた20代、がむしゃらに走り続けた30代、
40代になった今、残りの人生を充実にする為の一つのきっかけになるだろうと参加を決めた。

イベントに向け準備を進める一方、保育園訪問イベントの応援にも行く事になったり、
イベントトップバッターのアーティストが本番3分前で行方不明になってみんなで探したり、
みんなで食事会の時、遊んでいて怪我した子がいたが大したことない怪我にホッとしたり、
疲れすぎてトラックの荷台で固まったように寝てる人がいたり、
日焼けで顔が火傷のようになり別人に変身した人もいたり、
他にもいっぱい。
その時は、みんなで駆け回り、話し合い、1日1日を噛み締めながら過ごしていた。
今考えると、良い思い出話です。

こうして、あっという間の東京を離れた熊本5日間。
自分の可能性を発見出来ました。

自分が出来ない事を再認識させてもらいました。

自分が知らない話を聞かせてもらいました。

沢山の人と繋がれました。

感謝の気持ちを伝え合いました。

沢山の親切をもらいました。

素晴らしい場所に行かせてもらいました。

美味しい物を食べさせてもらいました。

沢山の笑顔を見せてもらいました。

沢山のパワーをもらいました。

「LOVE FOR NIPPON」の活動を通じて、分かった事があります。
もちろん!熊本が復興し元気になってほしいと思いますが、
今回出会った人にまた会いに行きたくなりました。
この繋がりが単発ではなく、継続してその地へ赴くという”LOVE FOR NIPPONプロジェクト”なんだと。
参加できて本当に良かったです。

仮設の方や被害に遭われている方には、まだまだ遠い道のりですが
1日でも早い復興を願っています。
また熊本に行きます。

自分にできる事をやりに!
自分の為に!

——Takashi “CHIKO”Kobayashi———