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11月の月命日を福島県楢葉町こども園で

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11月の月命日は福島県楢葉町の子供達に逢いにいきました

 

楢葉町は昨年帰町宣言をしましたがあれから一年が経ちます

 

現状帰町した住民は、まだ一割にも満たないそうですが

いわき市にあるこの仮設こども園も来年には町に戻るということでした

 

ラブフォーニッポンでは昨年の帰町宣言の際に

町のみなさんとキャンドルナイトをおこないましたが

一年が経ち

あらためて楢葉町のみなさんと11/12にイベントを開催することとなり

前日である11日の月命日は、こども園にお邪魔することにしました

 

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帰ることが許された町楢葉町

 

ようやく帰れる町

かえりたくても帰れない町

帰るけど不安が残る町

様々な想いが町のみなさんにはあります

 

11/12のイベントは

復興祈念の集いとして

ソングオブザシー「海の詩」というフェスティバルとしました

これは

楢葉町の若者達の集い「ほっつぁれDEいいんかいっ?!」というグループが主催となります

 

楢葉町は木戸川の鮭が有名で

昔から秋の頃に産卵を終えて死にかけた鮭を「ほっつぁれ鮭」と親しみを込めて呼ばれていたそうです

 

原災から5年経った今の町の状況がまさに「ほっつぁれ鮭」と同じではないか?

「このままでいいのか?いいわけないだろう!!!」と町の若い人達のそんな想いからできた団体です

 

「何かしなくては!!」

その気持ちに自分たちも寄添うようにフェスティバルをしよう!となりました

 

 

11日に訪れたこども園では

フェスティバルに飛ばす希望の風船にそれぞれの夢を書いてもらったり

夜に灯すキャンドルのホルダーに貼るメッセージも一緒に作りました

 

 

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こども園には

谷本賢一郎さんもかけつけてくれて

NHKEテレ「フックブックロー」の歌を歌ってくれたり

子供たちと一緒に歌ったり踊ったり楽しい時間を作ってくれました

 

 

 

夕方には明日おこなわれる会場に戻り

準備におわれているスタッフ達と合流しました

11月の海岸沿いはとても寒く、ここはとくに強風が酷く

ここ2〜3日はとてもつらかったのですが

この日は風もなく穏やかな夜となりました

 

月命日の夜なので

キャンドルを灯し、みんなでステージの上に集りました

 

月命日のいつものメンバーはもちろん

新潟からや宮城から

そして熊本からも集った仲間たちとひとつになり

ごはんをいただきました

 

普段はなかなか月命日に参加できていないフェスの制作チームメンバーもいたので

双葉町出身のスタッフから

原災から5年経った今の双葉郡の状況を話してもらったり

 

福島支部のけいこ先生からも福島の子供たちのことなど話してもらいました

 

 

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実行委員の楢葉町メンバーも外周りの仕事を終えてからきてくれました

 

実行委員のひとりはフェス好きでよく各地のフェスに参加していますが

2011,3月11日から今日までの話しをみんなにしてくれました

 

会場から見えるところに彼の家はありましたが

津波ですべて流されてしまいました

さらに役場職員であったので

自分が避難するというよりも住民のみなさんの避難誘導が優先となり

町は現在もほとんどの住民が避難生活を送っているので

6年目の今も終わらない仕事と向き合っていることになります

 

現状はまだまだ厳しい町の状況でも

それでもこれだけ各地から集ってくれたことに感謝していました

 

ステージの上ですべてのスタッフが集り

福島や熊本のことを語り合いました

 

最後には

前日入りしてくれていたアーティストの折坂悠太さんに歌ってもらいました

 

いつもにこにこのけいこ先生は

その歌を聞き涙を流していました

 

このステージの上に集った仲間たちは

真冬の宮城県の津波被害地域の河川敷や

廃校になった学校、3月11日に福島でと、気がつけば震災が起きた時から

あらゆる場所や季節でともにイベントを作り上げて来た仲間たちです

シミズオクトさんはいつも社内で有志を募り

ほんとうに終止笑顔でみんなと楽しく作り上げてくれています

311からの出逢いの仲間たちや

新潟中越地震メンバーや

熊本メンバーも増えました

 

そんな仲間たちが

けいこ先生が涙してもみんないっしょに泣いてみたり、笑ってみたりしています

 

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日本全国すべての大人が

原発事故周辺地域は危険だ!と思ってそれを声に出していたら

原発事故後

なんとしても危険区域には入るな!

数値が高い所はすべて危険区域だ!となっていたはずです

 

子供っぽいことかもしれませんが

今でもそう思っています

 

 

何万人もの人々が事故当時国会議事堂前に集って

原発反対運動をしていました

 

今もしているかもしれませんが

あの時も

そしてこの5年間も

今も

福島のみなさんは福島で暮し続けています

 

「いつか生まれ故郷に戻りたい」

 

 

避難しているみなさんすべてが同じ気持ちです

 

でもそれは震災前の「あの頃の故郷」です

昔に戻れるわけはないので、常に「今」この場所でなんとかするしかないのです

 

すべての避難者の気持ちを言葉でとらえたら

「一刻も早く除染して帰れるようにしてあげよう」となるのかもしれませんが

未だ原発は不安定のままで

除染しきれない山間部も多くあります

 

ここまでの5年間を生きて来たみなさんからしたら

現状の町はどこも当時に比べたら線量は低く

安定して来ていると思うのだと思います

 

ただそれ以外に

住環境としての整備や

原発作業員が多く行き来しているなかで

問題が多発していたり、風評被害であったりと

たくさんの問題が発生しています

 

ただ外から「危険だ」ということを言うよりも

あらためて全国のみなさんが事故から現在、そして今の状況を知ることが一番の支援となるのではないかと思います

 

そしてまたしっかりと知ることで

あらたな問題も発生しないのではないかと

 

震災からの復興ではなく

原発事故からの回復には

大きく異なることがあります

 

震災から5年ではなく

原発事故から5年です

 

 

「自立を促すのではなく関心を

そして共にあること」

 

ではないかと思います

11/12のフェスティバルの報告はまた改めてさせていただきますが

 

どうぞこれからも

ラブフォーニッポンをよろしくおねがいします

 

 

 

ありがとうございました

 

 

CandleJUNE

 

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