report |

11/12福島県楢葉町にて『海の詩』開催について

B2poster.jpg

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

福島県楢葉町にて

11/12に、楢葉町追悼祈念の集い「海の詩SONG OF THE SEA」

を地元実行委員会とともに開催する事となりました

 

 

これまでラブフォーニッポンは原発のある双葉郡の皆さんの避難先を訪問してきました

 

なかでも楢葉町のみなさんのところには

仮設こども園はじめ、各地の仮設住宅などにお邪魔してきました

 

昨年の9/5、震災から5年目にして楢葉町は避難解除を解かれ、帰町宣言を果たしました

 

もともと他の双葉郡の町村にくらべて線量も高くない地域でもあったのと

除染がある程度終わったという事から帰町がはじまりました

 

もちろんまだまだすぐ帰れるというわけではないと

いわき市にある仮設の皆さんは話してくれます

 

「まだダムの中が高いだろうから帰りたくない」

 

『むこうで仕事ができるわけではないから帰れない」

 

「病院やお店等いろいろ復活してないから帰れない」

 

など様々な意見を聞いてきました

 

 

 

津波被害で家を流されてしまった地域もあります

 

「すべてが草に覆われてもとの区画がわからなくなった」

 

以前の住処に帰った住人の方がつぶやきます

 

 

毎月11日の月命日にかならず福島のどこかでイベントを開催し

その際にみなさんそれぞれの『想い』をキャンドルホルダーに書いてもらっています

 

楢葉町のみなさんに書いてもらうカップにはたくさん

 

「いつか楢葉に帰りたい」

 

「あのころの楢葉町にかえりたい」

 

という想いが書かれています

 

 

 

これは楢葉町にかぎったことではなく

双葉郡すべての町村のみなさんにも言える事ですが

 

一部の地域では

 

「それでももう帰れないだろう」

「はやく諦めよう」

 

そんな地域もあります

 

 

ここからは自分の考えですが

早い段階で

国は住民のみなさんの

「いつか帰りたい」

という気持ちを優先して

まだ数値も高い原発に近い国道を通れるようにしました

 

そして住民以外の人も通れるようにしました

 

きっとあの時から「危険区域のライン」が曖昧になっていったのだと思います

 

 

最近

福島で良く聞く言葉です

 

「数値が高い所にいても長時間でなければ平気。」

 

「カラダの中に入らなければ大丈夫。」

 

「大人は一ヶ月もしたらカラダの中から出て行くから大丈夫。」

 

「2011のあの時に比べたら全然低いよね」

 

震災から6年目の今でも原発事故は収束していません

ですが

福島県各地の除染は進み

生活圏の数値はどこも下がったと言えます

 

福島の皆さんからしたら今の楢葉町はもう安全と思う方が多いと思います

でも県外の人達からしたら

危険なのでは?となります

 

原発から20キロ圏内の町”楢葉町”

 

 

 

福島に限ってのことではないのですが

各地の被災地に行った際に

現地のみなさんの

 

「国はいったいどう考えているんだろう!」

 

『国は現地のことを考えてくれているのだろうか?」

 

こういった言葉の中にある『国』というものは何を指しているのか?

 

国会?政治家?各省庁?メディア?

いろいろあると思いますが

 

実はその言葉は被害地域以外の地域

県外の人達の事すべてを指しているのだと感じます

 

 

「福島が危険!」と言うのならば、なぜ数値が高い地域すべてを「危険避難区域」にしてくれなかったのか

 

「福島の産物が危険」と言うのならば、なぜ他の地域の生産物は検査しないのか

 

家が地震で全壊したのにこれっぽっちの金額では玄関しか修復出来やしないのに国は‥

 

 

熊本地震で非常に大きな被害が発生しました

がどこかで311東北大震災と比べてしまう日本人が沢山いるのだと思います

 

あれに比べたら津波もないし、原発事故もないし‥‥

 

 

では311東北大震災の、震災、津波被害、原発事故はもう終わったのでしょうか?

そこからの学びは活かされているのでしょうか?

 

 

この大きな傷を治す事が出来なければ

きっとこのあとの被災地の悲しみも癒す事ができないのだと思っています

 

 

 

ラブフォーニッポンは被災地支援活動をおこなっています

 

震災当時

原発事故後の危険区域とされている場所には入りませんでした

そこから避難している方達に物資を届けに行っていました

 

そして原発反対運動をしているわけでもありません

 

 

「そこで暮して大丈夫!」と言われた方々が暮らす避難所に

支援が必要な地域に物資や想いを届け

時には

「イベントを開催したいから手伝って」と言われたらお手伝いもします

 

福島では

現在も多くの方々が仮設住宅で暮らし

避難生活を送っています

 

だから支援が必要というわけではありません

 

たしかに安全なモノ作りをしている「福島」も存在しています

「危険か危険ではないか」ではなく

もっともっと多くの関心が集まり

議論を重ね、日本全体で考え直さなければいけないことなのだと思います

 

 

たくさんの個人的想いを書いてしまいましたが

 

原災から6年目の今

 

11/12楢葉町天神岬公園でイベントを開催します

 

 

帰町宣言をして一年

楢葉町に帰った住民のみなさんは一割にも満たないようです

 

このイベントは楢葉町の有志が集りできたグループが主催となっています

 

町内の若い力が中心となって「ほっつあれDEいいんかいっ?」という団体が立ち上がりました

 

”ほっつあれ”とは、散乱を終えて死にかけた鮭を指す言葉です

 

楢葉町では木戸川の鮭が有名で

昔から秋の産卵の時期は、その鮭をほっつあれ鮭と親しみを込め呼んでいました

 

今の町の状況がまさに”ほっつあれ”の状況であり

 

「このままでいいのか?いや良いわけないだろう!!」

 

という想いが込められた団体名です

 

「もっと多くの住民に帰って来てほしい」

「住民がもっとこれからの町のことをどうするのか考えないと」

 

「町外の人たちにもっと今の楢葉町のことを、かつての楢葉町の事を知ってほしい」

 

明確な答えがそこに用意されていて

そこに向かうようにするためのイベントではなく

自分たちで答えを見つけるためのはじめの一歩です

 

 

それはけして楢葉町の方達だけのことではなく

 

これからの日本のための

大切な答え探しなんだと思います

 

 

2011年3月14日から福島に入り、5年間の活動が導いて来た6年目のひとつの結果です

 

福島や宮城からそして新潟からもスタッフが集ってくれます

 

このイベントに関してはFBページを見ていただけたらと思います

https://www.facebook.com/%E6%B5%B7%E3%81%AE%E8%A9%A9-Song-of-the-Sea-210707089349411/

 

 

 

福島のみなさんと日光でお米作りの事や

毎月11日の月命日活動レポートなど遅れていて申し訳ありません

 

熊本での活動も仮設住宅へのサービスと変化してきています

 

 

被災地のみなさんから教わり

これまでの活動で学んだことを、これからの活動に活かして行きたいと思います

 

 

どうぞ

みなさまこれからもラブフォーニッポンをよろしくお願い致します

 

ありがとうございました

 

 

CandleJUNE

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ラブフォーニッポンでは熊本地震支援活動のための寄付をおねがいしています

 

三菱東京UFJ銀行

一般社団法人LOVE FOR NIPPON(イッパンシャダンホウジンラブフォーニッポン)

代々木上原支店(普通)0052628

※お振込みの際振込名義の頭にクマモトと記入後、お名前をいれてください

 

http://www.lfn.jp/support/

 

クレジットカードでのご寄付はこちらのショッピングサイトからおねがいします

 

http://lfn.theshop.jp/

 

 

これまでの活動レポートはこちらをご覧下さい

http://www.lfn.jp

 

ラブフォーニッポンFB

https://www.facebook.com/LFN311

 

 

月命日に福島のみなさんからメッセージを授かっています

https://www.facebook.com/LFN311