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2015,4月の月命日を福島の仮設住宅で

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4月の月命日を福島市の仮設住宅でおこなってきました
浪江町のみなさんが暮らすこの仮設住宅に
ラブフォーニッポンは何度も訪れていますが
今回はここの住民で
いつも司会をしてくれる小学五年生のゆうきくんが4月11日が誕生日で
ぜひみんなにも来てほしい!!というお母さんのたっての希望で開催しました
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当日は
福島市にあるアポロガスさんが子供たちのためにキャンドル作りをしてくれたり
マッサージでは佐藤まきさん(福島)、ハンドトリートメント 高橋和江さん(新潟)と
バーベキュー提供は平塚さん、りえさん(塩竈)と
被災地県の方の参加や中越地震新潟からの参加してくださいました
震災から5年目でラブフォーニッポンのチーム編成も強いものになってきました
塩竈から持ってきてもらった魚介類は浪江町のお父さん達がさばいてくれてふるまわれました
みんなでおこなうバーベキューもだいぶ浸透してきて
仮設の人もスタッフたちもが、みんなで作って一緒に食べ
かつての浪江町の話や今の避難生活のことや
魚のことなど様々な話で盛り上がっていました
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そして毎月参加してくれている
フルーツ提供フタバフルーツさん(東京)やステンシルアート守矢さん(東京)
ネイルアートのみかさん(東京)と東京からのメンバーもそれぞれが得意分野での交流となりました
ステンシルアートの守矢さんは
仮設住宅の名前入りのオリジナルデザインを作って来て下さり
これがみんなに大好評でした
仮設生活も4年
ここでのたくさんの思い出や
繋がりをみなさんとっても大切にしています
「仮の住処ではあるが、仮の暮らしなんてものはない。」
以前住民の方に言われました
避難しているもの同士の集合住宅なのだから
それぞれが気遣いをもち、不安になったり問題が起こってもなんとかやっています
他の仮設住宅が辛くてここに引っ越して来た
という方も震災から3年目くらいからは多く話を聞きます
そんなみなさんからしたら
”笹谷東部仮設住宅”
という名前のここは
自分たちの誇るべきひとつの町なのではないかと感じました
そんな名前入りのトートバッグを守矢さんは作って下さいました
震災への関心が低下していると言われる中で
この日は大阪ラブフォーニッポンイベントの時に「ボランティア参加したいです」と
声をかけてきてくれた方も大阪から参加してくれて
一緒に月命日をもりあげてくれました
そして
今回初参加の小林祐治さん(フラワーアーティスト)は仮設集会場にプランター植物をもってきてくださいました
また和紙に押し花をはりつけてキャンドルランタンを作り
東京と福島を繋げていくというご自身のプロジェクトがあり、この日も
仮設住宅のお母さん達といっしょにランタン作りをおこなってくれました
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ライブアーティストも
福島で活躍しているエリカさんや会津出身の越尾さくらさん
そして毎回参加してくれている
谷本賢一郎さんや青谷明日香さんと
子供たちからおじいちゃんおばあちゃんまでが楽しめるライブとなりました
新しいメンバーも増え
それぞれに役割分担が生まれ
また仮設住宅ではあるものの他の地域からの参加や
近隣の方の参加
幼稚園の親子の参加など
これまでの繋がりが毎月の月命日を作り上げてくれています
この日
最後に誕生日だったゆうきくんがお母さんにそっと言っていました
「いままで毎月11日はいろんなことを思い出して嫌な一日だった
でも今日はいままでで一番の誕生日だったよ。」
地震からの避難ではないことがこの福島で起きていることです
風評被害や復興格差
放射能に対しての様々なものさし
県内でもたくさんの軋轢が発生しています
県外の支援団体がすべきことは
そういった諸問題を認識すべきで
すこしでも地域内での軋轢を解消できるようなことだと思います
この日も仮設住宅での開催でしたが
地域の方々や他の仮設住宅のみなさん
そして幼稚園の親子など様々な皆さんが参加してくれて
ときにスタッフとして
ときにお客さんとしてみんなで楽しい一日を作り出していました
ひとつにはきっと福島県のみなさんの「おだがいさま」精神があるからだと思います
また
悲しみを知る人だからこそ
隣人の苦しみを知ることができるのかもしれません
震災から一年たらずで
多くの方々は「自立を!!」と言っていました
震災ではない災害避難がここ福島です
「自立」という言葉のむずかしさをもっと多くの日本人は知るべきだと思います
そして今日のこの月命日のみんなで一生懸命に楽しい一日を作ること
この一日こそが「自立」というものの一歩だとも思えました
それぞれが得意分野で交流をもち
連絡先を交換しあう
再会を喜びあう
原発事故からの避難に対しての長期的な支援プログラムは存在していないはずです
多くの方が現在も福島原発の状況は気になることと思います
ですがそれ以上にその原発がある福島のみなさんに関心をもち
そして交流をもっとしていかなければ問題の本質から遠のいてしまい
あらたな問題を発生していってしまうのだと思います
今でも緊急の支援が必要なのだと思います
これまでの支援という形ではない緊急の支援が必要なのだと思います
これからも毎月福島県で
福島の皆さんと一緒に月命日を作っていきたいと思います
みなさん
どうぞこれからもラブフォーニッポンをよろしくおねがいします
ラブフォーニッポンFB
また月命日に福島のみなさんから想いを授かっています
最後にスタッフの現地レポートもつけました
お時間あるときにみてください
ありがとうございました
CandleJUNE
 
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2015年4月11日
5年目のはじめての月命日
LoveForNipponは福島市笹谷東部へ

到着すると みなさんとびきりの笑顔で出迎えてくれ
いっきに賑やかな空気がながれました

いつもおにぎりや、おかずをたくさん作ってくれるお母さん達も郡山からきてくれました
おにぎりがあったかくて『わぁ おにぎりあったかい』と驚くと
『さっきにぎってきたんだぁ』とニコニコして
到着した私達に『食べな! 食べな! いっぱいたべなぁ!!』

ほんとにみんなこの月命日を楽しみにしてくれています。

私はネイリストとしてたくさんの手にカラフルなネイルを施します
みんな ネイルをすると笑顔になってくれます
1対1のネイルの時間いろんな話をしながらも時より、笑顔の裏側にふれさせてもらうことがあります

いつも明るくしてくれるお母さんにネイルをしている時に

『LFNが来てくれることがほんとに何よりの楽しみ。
みんなが集まれるこの時間、この日があるから仮設を出たくないの』

『ここにはみんながいるから』

と話してくれ
そのあとに少し お母さんの言葉が消え
私はネイルの手をとめてお母さんと目をあわせると

『でも 私は2年後にはここを出るんだ』

その言葉を私に言った時のお母さんの目は
いつもたくましく笑うお母さんではなくて
無防備でさみしそうでその目をみていたらなぜか
いままで私達を何度も何度も、出迎えてくれていた
お母さんのとびきりの笑顔をいっぱい思い出し涙が流れました

この4年間に心をぐっとこらえた事が何度あったのだろう
無理して笑ってた事も何度あったのだろうと。

次の瞬間に
『それまではJUNEさんたちを追いかけ回すんだー!』


さみしそうな目だったけれど、ガハハハハ!!と笑って言いました

お家がなくなったり、あっても戻れないから過ごしている
この場所で5年目の生活
『もとの家は住めない。 もうね ねずみがすごいんだ!』
とも聞きました
家族で暮らした思い出もつまった場所なはずです
言葉にならない気持ちでいっぱいになったんだろうと思いました。

今暮らしている場所は仮設住宅とよばれますが
仮の暮らし場所でなく 一生懸命生きている場所です

この月命日 の11日
悲しみが生まれた日を、みんなで一緒に笑顔になれる日に

私はここに住むお母さん達の爪に色を塗りました。
明日になっても明後日になってもキラキラしていて
月命日を思い出して笑顔になってほしいと思います

綺麗な手になっていつもと違う会話が生まれることが
私が月命日にできること

また5月11日も Love For Nippon は福島へ行きます