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福島県双葉町のお祭り”ダルマ市”が仮設住宅で開催されました

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1/12 福島県双葉町のみなさんが暮らす仮設住宅でおこなわれた
双葉のお祭り”ダルマ市”に参加してきました
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この双葉町は原発のある町で
まだまだ町民が帰る事の出来ないでいる町です
震災当時
町ごとさいたまに避難した町としても有名です
浜通りといわれる福島の沿岸部の地域のなかでは
徐々に
帰村できるようになった地域も増えて来ていますが
福島自体をはなれた町民も多く
避難生活も福島県内でもバラバラになってしまった町、それが双葉町です
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現在は浜通り地域の南にあるいわき市に多くの方々は暮らし
町の役所機能もいわき市にでき、仮設だけでなくサポートセンターもたてたりと
双葉町と環境も近い、いわき市にまとまりつつあります
ただ震災、原発事故から三年が経つ今でも補償問題や除染、帰村問題などや、事故を起こした原発が今後どうなっていくのか?
そして中間貯蔵施設建設の話などと問題は山積みとなっています
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「なにひとつ町の売りがないんです」
この町出身のうちのスタッフであったGASくんは言いました
「b級グルメもないしこれといった特産品もない、イベントっぽいものもなにもないんです」
震災当時から町のために何か出来ないか?
そんな話のなかでも
唯一でてきたものがこの”双葉のダルマ市”でした
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2011,3/11、あの日から
みんなの避難生活ははじまり
ありとあらゆる問題と向き合ってきました
何にもないところから
双葉町の人達は
このダルマ市を仮設住宅で復活させました
「運動会テントやみこしなど
警戒区域の中からもってきてみんなで準備をしたんだよ」
とダルマ市を復活させた”夢ふたば人”という団体を作った方は言いました
この日は
震災直後より
支援活動を続けているTOSHI-LOW(ブラフマン)さんにも参加してもらいました
彼は震災直後茨城の復興からはじめ現在も様々な活動を個人、バンド、
さらに幡ヶ谷再生大学という団体としても活動を続けています
昨年の3/11にも福島の仮設住宅でのイベントに参加していただき
ライブはもちろん
最後まで住民のみなさんとふれあいをもち
一人一人のお母さん達の話をしっかりと聞いてくれていました
今回のこのダルマ市ではステージも用意されていたので
ここに出演してもらい歌ってもらいました
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いわき市のみなさんのみならず近隣の地域からもたくさんの人が集まってくれましたが
その多くが小さな子供たちをもつ若い家族たちでした
そんなお客さんたちひとりひとりとも時間をとり
子供たちとの記念撮影も進んでおこなってくれていました
そして
この日郡山からやってきてくれた富岡や川内村のお父さんお母さんたちとも
3/11以来の再会を喜んでくれていろいろな話でもりあがりました
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双葉の町のお祭りですが
これまで出逢って来た家族達もみんな集まってくれて
にぎやかな一日となりました
前の日に訪ねた福島市にある浪江町の仮設住宅のみなさんも
このダルマ市に遊びに来てくれました
「震災前はいつもかならずこの隣町ふたばのダルマ市には家族で行っていたよ」
と言い、双葉のみなさんとも仲良く昔話などされていました
出店の中で一番長い列ができていたのは”浪江焼きそば”でした
その焼きそばをたくさん買ってくれて自分たちに食べてくれと渡してくれるGASくんのお父さんや
ダルマを買ってくれる仮設で暮らすお母さんたち
ステージのライブを見ていると飲食店を出しているお母さんから
「これよかったら食べてね!」ともつ煮をもらったりと
みんながとても優しくしてくれます
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今もみんな避難生活を続けているみなさんです
そのみなさんが自分たちにあれやこれやとたくさんの優しさを与えてくれました
双葉町のみなさんのお話を聞きましたが
やはりどの方にもこの先の不安があるようです
どうすればいいのか?
その答えが見えない避難生活がここで続いています
自分たちにはその答えを出すことはできませんが
このダルマ市を復活させた人達には熱い気持ちがたしかに芽生えていました
「何にもしないんではなく何かしよう!」
必ずすべての人には
その人にしか出来ない事がある
震災が起きて
自分も出来る事をしよう!と
福島に物資を持っていく日々から始まり
今日まで
いろんな福島とふれあってきました
震災から一年過ぎたくらいの時に福島出身のスタッフから
「こんなことしてても福島が救えるとは思えません」
そんなことを言われた事がありました
東京では反原発のデモがあったりするものの
ニュースでもなかなか福島のことが出なくなって来たころです
福島の現状は何ら変わらない
そんないらだつ気持ちもあわせてあったのかもしれません
結構がんばっていたつもりだったから
正直ちょっと悔しかったことをおぼえています
でも
その時そんな自分もやはり誰かのせいにして
なぐさめていた。しょうがないと諦めていたことに気づかされました
三年が経とうとする今
はたしてこれまでの自分たちの歩みが福島のためになっているのだろうか?
福島の今の現状を見ても、けしてよい形に向かっているとは思えませんが
それでも福島には多くの家族ができて
その家族達の日々を知る事ができるようにはなりました
もちろん
新たな家族達との出会いは続いています
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今日から始まった双葉町のみなさんとの交流
震災から三年が経とうとしている今からのスタートですが
いつか
世界中の人達が「福島のみなさんのおかげで世界は学べたよ、ありがとう!」
と言ってもらえる日が来れるように
一緒にがんばっていきたいと思いました
またこの双葉の仮設にやってきますと約束をして帰路につきました
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これからも避難生活を続けるみなさんのもとにラブフォーニッポンは向かいます
どうぞみなさんこれからもよろしくおねがいします
CandleJUNE
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