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3.11@宮城県名取市閖上

LFN ROAD at 宮城県名取市閖上
2012.03.11.sun

震災以降幾度となく訪れてきた宮城県。

震災からちょうど1年にあたるこの日、

いまだ津波の跡が残る日和山で一日だけ朝市を開催したい、

そしてそのときまた若旦那さんとMINMIさんたちに来てほしい、

そんな地元の声にこたえ、

MINMIさん、若旦那さんをリーダーに

3.11ゆりあげの集い『ゆりあげ港朝市』に参加してきました。

午前6時。

立ち上る湯気や市場のにおい、お客さんの活気に満ちた、

震災前とまったく同じではないかもしれないけど、

元あった場所で一日だけのゆりあげ港朝市がスタートしました。

日が明るくなる頃には小さなお子さん連れのお母さんたちも増え、

ステージが始まる前からMINMIさん若旦那さん等のライブを楽しみにした人たちの長蛇の列ができていました。

「今日一日戻ってきた理由は、必ずこの土地に戻って朝市を再開する決意の現れ」と語っていた市場の会長さん。閖上の地で元気の源であった朝市を復活させ、一人でも多くの人が閖上に戻ってきたいという環境を作りたいと語られていました。

閖上に住んでいたお母さんたちからもお話を聞くことできました。

何もない閖上の街を前にして、現実に引き戻されるけど、

道もきれいになり、がれきもなくなって、海もおだやかで幸せですと笑顔で語ってくれたお母さん。

震災前によくきていた場所がこんな風に変わってしまったけど、

みんなで盛り上げようとしている姿が伝わってきたというお母さん。

いまだまだ戻るのが怖いというお母さん…。

だけど、こうして元あった場所にみなで集えることが、

閖上の街をみんなでつくっていこうという思いの一歩なのかもしれない…そう感じさせられました。

朝市のあとは、4月に山元町の避難所で知り合ったお母さんが住む箱塚屋敷 仮設住宅へお伺いし、2.26に開催されたnina’s×LOVE FOR NIPPONのチャリティイベントで参加企業よりご提供いただいた支援物資(ARAUの洗剤、アルコール消毒、ストライダー)を提供しました。

そして震災が起きた2時46分を迎え、LFNの仲間たちと静かに黙祷しました。

そこに住む方々から3.11当時の状況をお聞きすると、

当時、誰も津波がくることを予想してなかったとのこと。

津波警報もならず、ものすごく静かだったそうです。

そしてこの日のように雪が降って寒かった、と。

そこへ行く前に、そのお母さんの家があった場所へ立ち寄りました。

そこに家があったということが分かるだけで、周りには何もなく、冷たい風が否応無しに体を冷やします。

ところどころ献花がそえられ、そこで大切な人が亡くなったんだと思うと

手をあわせずにはいられませんでした。

東京へ帰る前に、2.26のイベント時にエントランスのお手伝いをしてくれた高校3年生の中台くんがボランティアをしている亘理町のいちご農家さんへお伺いし、こちらでも物資提供をさせていただきました。

人とのつながりを感じられるボランティアをしたいと、1週間の滞在できている中台くん。

きっと今年の春にはおいしい苺がなると思うよ。

3/20には亘理ささえあいセンター「ほっと」によるイベントに、LFNも参加しライブを行う予定です。

MINMIさんも語られていましたが、1年たって、ここでこうして出会えた人たちがこれから何か始めようとしていることに関わらせてもらえることに感謝し、これからもこのつながりが絶えないよう、気持ちを傾けることを忘れないでいきたいと思います。

そして、悲しみや喜びを分かち合える仲間と宮城で過ごせたことに感謝して。

最後に、たくさんの命が奪われた悲しみをこれからも共有し、ここに哀悼の意を表したいと思います。