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9月11日の月命日を福島の仮設住宅で

9月の月命日を福島の熊耳仮設住宅で過ごしてきました
こちらの仮設住宅には
震災後の仮設住宅建設がはじまった直後より
こたつを届けに行ったことからおつきあいが始まり
様々な交流をこれまでしてきました
またこの三春地域の仮設はそれぞれと交流をもっているので
今回の訪問も各仮設に連絡をしてくれていました
あわせて
この仮設がある地域
三春の自治会長さんなどにも連絡してくれていました
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仮設に到着し最初に出迎えてくれたのは富子さんという
田植えツアーをまとめてくれているお母さんです
富子さんは郡山の南一丁目の仮設で暮らしているのですが
この日も自分たちのごはんをたくさん作って持って来て下さいました
自分たちがこうしてイベントをおこない
富子さんたちを誘う事で他の仮設の住民同士の交流が生まれています
それぞれの仮設の情報交換ができたり町のことなどもはなせる機会になっているようです
富子さんには障害をもつむすこさんがいらっしゃいますが
避難生活をずっと一緒にしてきています
旦那さんも一緒に避難生活をしていたのですが
仮設住宅の暮らしが始まってまもなく亡くなってしまいました
月命日にキャンドルを灯す事を始めた当初
富子さん家族が暮らす仮設のすぐとなりでキャンドルナイトをしたことがありました
その時はまだお父さんはお元気で
いっしょにキャンドルを運んだりといろいろと手伝ってくれていました
その時すでにバスツアーが始まっていたのですが
このバスツアーのことをお父さんは大変喜んでいて
「どうかみんなをよろしくおねがいしますね」と
キャンドルが灯る中
そっとよばれて二人だけで話していたときに言われました
そのキャンドルナイトからしばらくして
お父さんの入院生活が始まり
むすこさんも体調を崩していたので
だんなさんとむすこさんの二人が入院生活となり富子さんの看病生活が続いていました
それだけでも大変だったはずですが
避難生活をしているほかのみなさんへの気配りを絶やさず
つねにお茶会をしたり悩み相談を受けたりしていました
現在の田植えツアーに参加している多くのみなさんが
「富子さんのおかげで
こうした辛い毎日の仮設生活もなんとか楽しくやっていけている」
「避難所生活のときから富子さんにくっついていていろいろと面倒みてもらったの」
などとみなが口にします
たくさんの辛い事があっても
富子さんはいつも自分たちが福島に来るときに
たくさんのご飯を作ってまっていてくれます
いつも「どんな事があっても”感謝”だよね!」って口癖のように言っています
時には早朝三時から
震災前に採っていた”イノハナ”というきのこの冷凍ものをつかって
炊き込み御飯をつくってくれます
月命日のこの日も
富子さんはむすこさんとお孫さんを連れてたくさんのご飯をつくってまっていてくれました
自分たちだけでなく
熊耳の仮設のみなさんにも振る舞ってくれて
お茶会がとてもおいしいご飯会となりました
仮設のみなさんもとても喜んでくださり
それぞれが漬け物をもってきてくれたりお菓子をもってきてくれたりと
みんなでつくる生きた”お茶会”となることができました
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世の中では”避難者の自立を”と言われますが
なかなか簡単なことではありません
原発事故の不安は
毎日の暮らしのなかで精神を不安定にしています
それぞれ近所ではなかった人たちの集まりの仮設での暮らし
もしくは借り上げ住宅の孤独など
”生きる”こと自体が大変ななか”自立”という言葉はプレッシャーとしてのしかかります
地元支援団体のお茶会ではほとんど決まった人しか集まらず人数も減ってきているといいます
自立してみんなが忙しいわけではなく
先の見えない仮設暮らしでみんなほんとうにまいってきているようです
でも
こうした生きたお茶会をみているとそれぞれが役割をもち
そこかしこに笑顔が生まれています
このときだけかもしれませんが
それでもみんなのストレス発散となるのであれば
もっともっとこうした時間を大切に育てていきたいと思いました
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少しずつですが
それぞれが顔見知りになってくると
”はじめまして”が”久しぶり!”に変わります
東京から行く自分たちもそうですが
それぞれの仮設で暮らす人たち同士も変わっていきます
そして一緒に過ごす1日をともに作り出す事で
共有の思い出ができていきます
ちいさなことかもしれませんが
一人で仮設でいるときに”生きる”ことに疲れた瞬間に
その共有の楽しかった思い出が
また次回をたのしみにしよう!と今日の”生きる”を作り出せるかもしれない
同じ避難生活をしている人たち同士ですこしでも仲良くなってくれていたら
自分たちにはわからない苦しみも分かち合えるかもしれない
富子さんは辛くなったら楽しかった時の写真をみたり
自分からの手紙を読み直すと言います
一度だけでなく
これからももっともっとみんなで楽しい思い出を作っていこうと
そしてそれは月命日の11日に作りたいと思っています
今できることはこれぐらいしかありませんが
それでも自分はこの9月11日という自分にとっても特別な命日にこうして
みんなと一緒にキャンドルを灯し,涙し、それ以上に笑顔や笑いが生まれていた事にほんとうに感謝しています
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たくさんの悲しみがうまれた9/11
多くを学び変わるべき日
それでも変わらなかった世界に自然が教えてくれた3/11
去年の9/11は山元町のみなさんとともに祈りました
今年は福島で昔からの友人もそこにいて、そして今の仲間もいて
震災から仲良くなった福島のみなさんとともに祈りました
祈るということの特別な祈りではなく
みんなで歌ったり
踊ったり食べたり,笑ったりもちろん亡くなった多くの方々を想い
そして今の大変な状況を認識もして
それでもやっぱりみんなで最後まで楽しく過ごす
このすべてをあの震災で亡くなられた人たちに見せたい
まだみんな忘れてないよ
まだまだみんなで楽しく生きようってがんばってるよ
そんなことを届ける事が祈る事ではないかと思っています
この日も初めて出逢う人がいました
被災地をまわっている歌手の絵利奈さんという方が福島の仮設を訪れたいということで
このタイミングで来てもらいました
絵利奈さんは子供からお年寄りまで楽しめる歌をたくさん歌って下さいました
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だいぶ被災地に一緒にいくメンバーも減って来たのですが
こうして
まだまだ活動している人と交差していくことはとてもお互いにとっても
被災地にとっても良い事だと感じました
そして
この三春にはご縁ある青谷明日香さんとベリーダンサーのRhiaさんも
参加してくれました
また
何度もいっしょに被災地に行ってもらっているイズミカワソラさんにもきてもらいました
ソラさんは普段トリマーのお仕事もされていて
この仮設の東側にいらっしゃる犬を飼っているみなさんの仮設にも興味をもってくれて
また今度は犬のケアについてなどもできたらとおっしゃってくれました
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今回は平日でもあったのでバーベキューはしなかったのですが
いつもバーベキューをしてくれる小金井さんもそれらのメンバーを乗せて来てくれました
何度かこの仮設でバーベキューをしているので
もう何人も顔見知りが出来ていてお父さんたちとたばこを吸いながら交流を深めていました
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ダンサーの
Rhiaさんは以前にもこの仮設で女性達に踊りやピラティスを教えてくれました
再会を喜びつつも踊りのほうも本格的になり
夜のキャンドルナイトではみんなで踊ったりととても盛り上がりました
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そして
最後に歌ってくれた青谷明日香さんは
となりの仮設の遠藤さんが作った詩”望郷桜”を歌ってくれました
遠藤さんももちろん夕方から娘さんと来てくれていて
かわいらしいその子は明日香さんと一緒になって大きな声で歌っていました
この歌は
帰る事ができない自分たちの町の桜を歌っています
一時帰宅を許されるようになって自宅に帰っても
いまだ盗みに入られていたり
ネズミの被害がひどかったりして複雑な気持ちになるそうです
たくさんの人が明日香さんの歌に涙しながらも最後まで楽しんでくださいました
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最後まで残っていたみんなでいっしょに片付けをして
自分は行けなかったのですが
何組かは近くのラーメン屋さんに皆で行ったそうです
仮設に暮らす方々を支援訪問している
そんな感じではなく
親戚や家族に会いに来た
いやそれ以上に楽しく嬉しい時間を過ごせた気がしました
ほとんどの仮設では様々な支援が来なくなっていると聞きます
”自立”
そのためのルールが大きく影響していると思いますが
自分たちはまだまだ必要な場所にも
仲良くなった場所の人たちのところにも会いに行き続けます
みなさん
どうぞ
これからもラブフォーニッポンをよろしくおねがいします
ありがとうございました
Candle JUNE
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