report |
福島のみなさんにお米を届けに
新潟中越地震震源地で一緒に作ったお米を届けに
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
12/16福島郡山富田仮設住宅に行ってきました
この春から始めた新潟中越地震震源地でのお米作りでできたお米を
福島のみなさんに届けてきました
新潟の”にいがたからみんなえがおに”のメンバーも
そば打ちや餅つきをするための準備をして参加してくれました
この日は選挙の日でしたが
東京からのメンバーはそれぞれ期日前投票をすませ
また途中の休憩では選挙の話などで盛り上がりつつ
栃木辺りからは晴天の中ずっと虹がみえていたのですが
福島まで一緒に旅をしてくれました
富田仮設についてからはおだがいさまセンターに顔を出し
最近の状況を聞きました
この日は親子の料理教室が開かれてましたが
ちいさな子供とお母さんたちのなかには
福島市で大学に通う娘さんとお母さんは群馬の方に介護施設とともに避難したお母さんも参加していました
おじいちゃんとおばあちゃんがこの仮設に暮らしていて
それぞればらばらになった家族がこんなことがあると集まれるからと参加したそうです
ちなみに正月は?と聞いたところ
それぞれの場所は遠いし,部屋も狭いから
一番広いのがおじいちゃん達が暮らす仮設住宅だということで正月は仮設住宅に集まるそうです
それぞれの正月を想像することができました
おだがいさまセンターでは
相変わらず様々な催しがおこなわれているようでした
いろいろな人と話して
自分たちも今日の準備のため移動しました
今回の会場は
いつもの川内村の集会場が選挙投票所になっているので
となりの集会場を貸してもらいました
通常ですと
集会場などを借りる場合は事前にその自治体の社会福祉協議会や仮設担当窓口などに
使用許可書を提出しなければいけないのですが
最近のラブフォーニッポンでは現地の逢いにいくお母さん達がそれらの手続きをすべておこなってくれています
そのため自分たちから活動の説明などをする必要がなく
お母さん達がみなさんに連絡をまわしてくれています
東京チームも新潟チームも到着し
それぞれがやることをわかっているため
自衛隊以上ではないかと思えるくらい敏速に準備が始まりました
再会を喜ぶ挨拶を交わしながらも
そば打ちや餅つき、会場作りやバーベキューの用意などを現地のお母さん達と一緒に準備しました
ラブフォーニッポンのフラッグのところには袋詰めされたお米達が並び
あっという間にそば打ちは始まり、外では餅つきが開始されました
また中央には
テーブルが並びたくさんのご飯が用意され
「これは東京や新潟のメンバーのごはんだからねー!」とお母さん達がとにかくまずは食べてくれとみんなを呼び集めました
震災当時
ぐちゃぐちゃな道路を走り福島につけば
物資や炊き出しを待つ長蛇の列
当然店もないしコンビニもやっていない
高速のサービスエリアですら閉まっていました
だから自分の食べる分は夜中に東京を出る時にコンビニによって
たくさん買い出しをしてから被災地にむかっていました
ラブフォーのメンバーで
炊き出しをするようになっても『自分たちは食べないで少しでも多くの人に提供してください』と言い続けてきました
この町の炊き出しが終わり食べ物が残っていれば隣町にも持っていってました
そんな自分たちが
今は炊き出しを受けている側になっています
これは良くないことと思う人がいるかもしれませんが
もっとも大切な形なのです
多くの支援活動は
決まったことをおこないます
例えば
お茶会を開きます
決まった場所で決まったことをしていると
そこには決まった人しか来なくなります
支援活動は一方通行です
何を、どこに,誰に、いつまでに、そんな言葉に当てはまる一つのことをおこなうストーリーには多くの人のイエスが集まるかもしれません
でも失われたコミニティには様々な人がいて
そして様々な問題が生まれ続けています
一つのことから始まって交互通行になっていかなければ
様々なことへの対処はできないと思います
自分たちがアクションをおこしてきたところ
被災地と呼ばれる場所には被災者がいるのではなく、家族が,友人が出来ています
そこには一方通行な支援というものは存在せず
”お互いさま”の関係が出来てきています
物資など
与えてばかりだと自立できないと多くの人は言います
でもご飯をつくってもらってそれをおいしくいただくことが大切なのです
高齢者が孤立化します
そこに専門家がきたら
鬱病の診断を下します
そこからはその老人は病人扱いです
今自分たちが関わっているおじいさんおばあさん達は
自分たちがくることを孫が来るかのように楽しみにしてくれています
お母さんたちは
私たち自分たちの分のご飯を作って食べるのも面倒臭くなってきていると言います
でもこうして誰かのためにつくることが出来て
それをみんなで一緒になって楽しみながら食べることが出来る!
こんなに楽しいことはないっと喜んでくれます
そんなご飯の時間に現在の大変なことの話をきいてみたり
補償問題や町の今のことなど
避難者同士でも情報交換がおこなわれていきます
『あそこのお母さんが元気ないから連れてきたよー』
『うちの孫達を紹介するねー』
新潟のメンバーとも抱き合って喜び合います
今回も
新潟メンバーの一人が結婚したら
みなさんは自分たちの身内のように喜んでくださり
みんなでご祝儀をくださったり
結婚式場にサプライズで来てくれたりします
多くの人の感心が薄れる中でも
新潟と福島のつながりは深いものになっていきます
そばも、もちつきもみんな一緒になっておこないましたが
そこには喜びの笑顔と笑いがあふれていました
かつてこの仮設を訪れた事のあるマッサージの平沼さんも
お母さん達の”またきてほしいなあ”の声にこたえてくれて
子供達と一緒に参加してくれました
ここの仮設の一人しかいない小さな女の子と平沼さんの子供はずっと遊んでくれていました
大道芸の三雲さんも大道芸のみならずビンゴゲームの進行もおこなってくれ
たくさんのみなさんが喜んでくれました
参加したメンバーすべてが自分の出来る事で福島のみなさんと交流を深めてくれます
青谷明日香さんのライブも
富岡の桜を歌った歌などこの一年何度も通った福島での想いもつたえてくれました
福島県富岡町出身の
渡辺俊美さんもふるさとのたくさんの思い出と
復興にかける想い
みなさんへの気遣いをもって終止みなさんとふれあってくれました
日本中が選挙のことで
ばたばたしているなか
ここ福島の仮設住宅にいることが
なによりの一票のような感じがしました
誰に投票するとか
どの政党がとか
そういったことより
そもそも何のために今この国は大変な事になっているのか
すべての国民が何に対して不安を抱えているのか
そんな中の真ん中にいる人たちと
一緒に喜びも悲しみも分かち合っている今が
何よりもこの先の未来を作ることになるのだと感じました
被災地がどこにあるのか
被災者がどこにいるのか
いったいどこが復興しなければいけないのか
そんなことを考えました
ちいさな活動かもしれませんが
このときに集まった人たちには支援する側される側というものは何もなく
ともに喜び合えるすてきな一日を味わう事が出来たのではないかと思います
どうぞ
みなさんこれからもご協力のほど
よろしくお願い致します
CandleJUNE