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2025年8月11日 月命日 福島県いわき市復興住宅にて

ラブフォーニッポンなみなさまへ
活動報告をさせてください
福島月命日レポートが遅くなってしまっており大変申し訳ございません
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私たちは毎月11日は月命日として福島県内にて
「たのしいね!うれしいね!おいしいね!ありがとう!」
というテーマで月命日イベント
「CANDLE11th」を開催し続けています
2025年8月11日の月命日は福島県いわき市にある復興住宅で開催してきました
こちらでの開催理由は発災当時からのお付き合いのある
富子さんとしんちゃん親子が暮らしているということです
私たちの活動は避難所時代から仮設住宅訪問
そして復興住宅へと
特に福島では長い繋がりを持たせてもらっています
原発事故からの避難
自分たちの暮らしていた街へ戻ることができず
避難先を新たな住処としようと決めた方々が多くいて
その方々との交流の中から
原発事故がもたらした災害を知ることができます
原発事故後
すべての町が戻ることができるようにはなりましたが
まだまだ除染が進んでおらず
立ち入りが禁止されている地域が多数あります
最近では労働者不足だからといって
外国籍をもっと呼ぼうという動きがありますし
アフリカの方々を日本にとも言われたりしていました
諸国への支援も相当な金額が動いていますが
あらためて思います
東京から3時間ほどで着く
福島にある東京電力原子力発電所周辺の風景を
一度は日本国民すべてが見るべきではないかと
14年間変わらずにあるバリケードや
草原や森になっている住宅地や農地
そしてまだ入ることができないと言われながらも
そのすぐ横の道路は普通に通過できるという不思議
14年前と比べると
圧倒的に放射線量を気にしなくなった現在
なにが正解でなにが不正解なのかもわからないまま
原発再稼働の方針でこの国は進んでいます
原発の有無を問うわけではなく
事故後の処理が終わっていないままにもかかわらず
海外支援など、他に予算が割かれている現状に疑問を持ちます
そこに暮らしていた方々への補償金は支払われ続けたとしても
原発事故の完全なる収束は
他の原発が稼働して行った先の原発が出すゴミの処理は?
それらあわせての予算は本当に正当なものといえるのだろうか
原発が近くにある方々はもっと事故から今の福島を知るべきだろうし
近くにはなくても、風向きで線量が飛んでくるかもしれない地域や
飛んでこなかったとしても、同じ県だからというだけの風評被害を受ける地域の方々も
知っておくべきではないでしょうか
私たちは数字的な補償面や
生活のなかで起こる問題など
長く避難生活を続けているみなさんから教えてもらっています
福島各地の復興住宅は県営住宅として
避難生活を続けている各地の方々が入居もしていますが
そうでない方々も増えてきています
復興住宅で支援イベントを開催したとしても
被災されたという方々が全てというわけではありません
ですが、そうでない人も話を聞くと
当時は福島県にいなかったけど帰ってきたら
「あの時いなかったから大変さはわからないだろう!」
と言われてしまったり
避難生活といってもそれぞれの町によって対応が異なります
違う町の人たち同士が軋轢を生まずに
間に入ることも私たちの存在意義だと思っています
今回の復興住宅での開催は本当に久しぶりで
新たな住民が増えていたり
近隣の方も参加してくれました
また毎年ですが
この時期になると岡山の葡萄農家さんが美味しい葡萄を提供してくれています
きっとマーケットとかでは5000円とか高値で販売されているようなシャインマスカットをいただいています
311のイベントに毎年ボランティア参加してくれている親子もきてくれたり
発災当時からのお付き合いあるメンバーも久しぶりに集まってくれました
また今回はじめてマッサージで参加してくれたメンバーや
能登支援で出会った福島出身メンバーも来てくれていました
山岡トモタケさんや谷本賢一郎さんのライブで盛り上がりましたが
山岡さんは能登にもよく来てくれていて
現地の方々と一緒に歌えるように
事前に練習を一緒にしたりしてくれています
月命日に参加し始めの時は
ライブの時間になったら出てきて歌うだけだった彼が
交流時間をとても大事につかってくれて
地域の方々と仲良くなってくれます
絵描きのMariyaさんも
それぞれの地域でみなさんの暮らしていた倒壊してしまった家屋を絵にしたり
親子の肖像画を描いてくれたりしています
それぞれの得意分野で現地の皆さんと交流をしてくれることで
それぞれが忘れない関係になっていきます
富子さんとの出会いは
郡山市のビックパレットという当時県内最大の避難所になっていたところです
富子さんとは
米倉涼子さんが資金を出してくれて
大型バス2台分のメンバーを
茨城県大子町の温泉に招待するという企画を立てた時の
バスのメンバーを厳選してくれるという難しい役をやってくれた時からのお付き合いです
これまでいろんな出来事がありましたが
そのひとつひとつが大切な思い出で
富子さんと息子のしんちゃんの家の壁は
その時々の活動や旅をした時の写真や
参加してくれたアーティスト達のサインやポスターがたくさん貼られています
わたしたちの14年間がギュッと詰まっているその家でご飯をいただくときが
「おたがいさまだからね」
という私たちの合言葉が一番心にくる瞬間です
この言葉をよく使っていて
意味をおしえてくれたのが富子さんです
初期メンバーはみんなだいぶ高齢になってきてますが
一緒に熊本支援に行ったりもしていたので
「今度は能登にもいきたいねー」と言ってくれました
被災地域のみなさんを繋いでいく
この国の大地からの、海からのメッセージを受け取った方々が被災者であり
これからの日本をどう生きていくのかを知っているのも、この方々だと思っています
「支援」という言葉よりも「学ばせてもらう」という気持ちでこの活動をずっと続けています
そしてこの活動が継続できるのは
現地で仲良くなって一緒に活動してくれる仲間達と
寄付や物資提供や現地稼働をともにしてくださっている
みなさんのおかげです
あらためてありがとうございます
いつまで続けるのか?とよく聞かれますが
災害が多発しています
そしてその場所にいくと
「まさか私がこんな目にあうなんて、、、。」
とこれまでの災害をテレビでみていてかわいそうと思っていたけど。。。
いざ被災者になってみたらこんなこともあんなことも。。
悲しみから学び
これからの街づくりに活かすことができていたら
災害が多発しているにもかかわらず
支援や寄付が集まらなくなってきています
私はボランティア活動を続けたいわけではなく
失敗から学びたい
そしてこれからの未来をもっとよりよりものにしたい
という気持ちで続けています
私の仕事は灯すことで
祈ることです
追悼の灯火を灯すためには
亡くなられた方々が安心してお眠りいただける状況を作らなければいけません
だからこそ続けています
現在も能登で活動を続けていますが
各所で聞きます
「自然災害だから仕方ないよね」
本当にそうでしょうか
日々の行政サービスや防衛機能など
公共サービスはなんのためなのでしょうか
災害大国日本
この言葉を使う人は
自分が被災してしまう覚悟をもって使うべきではないかとすら思います
自分自身の備えや心構えをもつためにも
現在被災している地域や
福島の今を知っておいた方がいいのではないかと思います
もうすぐまた3月11日がやってきます
平日ですが、できたら福島に来てもらえたらと願っています
どうぞよろしくおねがいいたします
いつもありがとうございます
一般社団法人 LOVE FOR NIPPON 代表
CANDLE JUNE
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https://fukushima311.jp/
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