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2025年12月31日・2026年1月1日能登地震から2年(NOTONOTOMOSHIBI・ONENOTO )

ラブフォーニッポンなみなさまへ
活動報告をさせてください

2025年みなさまのさまざまなご協力から福島や能登での活動や
各地でのシンポジウム開催がすることができました
ありがとうございました

年の終わりから
始まりにかけては
能登町の大屋根広場にてイベントを開催させてもらいました

地域のみなさんが震災前から取り組んでいる年越し花火を盛り上げるという意味合いと
被災地支援団体や発災からここまでの現地のつながりが集える場所をという意味もあり
災害後にできた大屋根の下で
同じ釜の飯を食べる的な形で振る舞いをさせてもらいました

昨年からスタートした取り組みですが
今年も支援側は全国各地から集ってくれました

OPEN JAPANがパートナーとしておでんはじめ
神戸から続いている元気鍋をふるまってくれるなど
人や物、さまざまなつながりをもって一緒におこなってくれました

現地とのつながりは新村新友会やHERO’s LOBOや金丸商店さん
マッハコーヒーさんなどいつものメンバーが
机だしからテント設営など最初から最後まで一緒にやってくれました

避難所時代からお付き合いある皆さんや
月命日開催で仲良くなった方々など
各地から集まってくれて
それぞれが再会を喜びあったり
現在の状況を聞かせてもらうなど有意義な時間を作ることができました

能登で2年間おこなってきた活動

発災直後の1/2から能登町で物資提供をスタートし
毎月1日の月命日活動を継続
東京代々木公園で毎年6月に能登支援イベントを開催し
秋には能登でも開催
2025年の能登開催では津波被害がひどかった運動公園を
さまざま支援団体や地元の方々とともに清掃して開催をすることができました
また
能登支援からあらたにはじめるサッカー
「FC11」もスタートすることができました

福島での活動からご縁あるみなさんが多数能登にきて手伝ってくれるなど
私たちだけでは到底不可能なアクションまで広がりをもたせることができました
物理的に遠い能登での活動はそれぞれが予算的にも厳しいものがあるので
手を取り合っておこなっていかなければいけない

それをあらためて気づかせてくれる2年目だった思います

年末年始に能登にいると
だいぶ支援者や作業員の数が減っていると感じましたが
自発的に動く地元の人たちが増えてきているなあということも感じました

一方で復興格差も増えていて
取り残されていく感覚の方も増えているように思います

私たちはこれまで能登町宇出津の元公民館を拠点として使わせてもらってきましたが
イカ漁で有名な小木での活動が多くありました

小木びいきといわれるくらい
小木の港地域の損壊をもっと多くの人に知ってもらいたい
小木のイカをもっと味わってもらいたい
そんな2年間だったとも言えます

そういったこともあり
今年の1月1日の黙祷時間には
小木の港で開催したいと考え
能登支部長を務めてくれている小木のみーくんに会場手配などいろいろをおねがいして
パール美容室前をお借りして開催することができました

OPEN JAPANはじめ地域の皆さんも手伝ってくれて
寒い中でしたがなんとか午後から人が集える場所を作ることができました

年明け早々でしたが
小木の避難所でお会いしたみなさんはじめ
さまざまな方が黙祷時間にあわせて集まってくれました

年越しの大屋根広場での目的とは少し違って
1月1日には
あらためて亡くなられた方々行方不明の方、関連死をされた方
まだまだ被災只中で避難生活をされている方への祈りを目的としていますが
もうひとつには
この時に集うことの大切さを意識しています

これから5年10年と時間が進む中で
復興することもあれば
衰退していくこともあると思います

ですが
年に一回はこの場所
「能登」に関心が集まるということは約束されていて
町の復興をアピールする機会でもいいし
まだまだ大変なことを明確に伝えるためでもいいし
私たちからしたら
地震や豪雨が縁で繋がれた仲間たちが
能登で再会する機会ともなります

震災は石川県各地で発生しました

災害状況はさまざまですが
輪島の朝市がもっともメディアを集めた場所だと思います

その場所の定点観測はこれからも続くと思いますが
年に一回大手メディアが必ず取材に来ると考えると
こんなに予算をかけず地域のアピールをできる日はない
そう思っています

こんなことをいうとひどいと思う方がいると思いますが
震災支援を長くやっているとこの考え方は
とても大切な復興というものがなんであるのかの一つの答えとなっています

現在もインフラ整備は追いついておらず
再建は遠いという地域が多数あります

同時にもうすでに支援者や取材も減ってきており
風化は進んでいます

本当は発災直後に多大な予算が当てられていればいいのですが
今後もっと増えるということはきっとありません

それができるとしたら
地域のトップがもっともっと具体的になぜ予算がほしいのかをアピールする必要があります

県や市町村は限られた予算を大事にしていかねばと考えがちですが
使うタイミングを逃すと
5年先などに微妙な使い方などが発生していきます

復興という言葉がもつ意味を
いつも被災地域で聞き続けていますがそれはとても難しいものだと感じています

また発災直後から言われる絆というものもです

ですから
せめて年に一回
発災した一日くらいは
その時々の今をしっかりと全国や世界に発信することが必要です

どうしたらメディアは集まってくれるだろうか
どんなふうに伝えたらいいだろうか

やり方はいろいろあるだろうし
そこには地域性や被災状況などそれぞれに違うものであるべきだとも思います

私たちができることは
それらをすこしだけ誘導して
可能性を探っていくことと
外の人たちをもっともっと能登に繋いでいくことだと思っています

「能登は遠いから大変だよね」

その言葉を2年間聞き続けてきました

だったら
現地にいかなくても繋がる方法はないだろうか

そしてもし能登に来てくれた時には
どんな能登を知ってもらったり感じてもらえたらいいだろうか

この年末年始もキッチンジュンとして
たくさんのご飯を作り、振る舞うということが私の仕事でしたが
そんなことを考えながら料理していました

「まさか私がこんな被災にあうなんて」

どこの被災地でも聞かれる言葉ですが
能登にきて、震災や豪雨の被害、実際に自分の家が全壊したらどうするんだろう?
その後の生活は?
防災をすることも大切ですが
災害に遭った後はどうすればいいのだろうかを
学ぶためにも
これからの能登にさまざまなつながりを作り

これからどこかで災害が発生しても
能登で学んでおいたから助かった!
能登人たちに助けてもらえた!
能登に一時避難させてもらえた。

そんな関係が広がっていくことができたら
私たちが活動している必要性も感じられるのではないだろうか
そう思いました

あらためてOPEN JAPANメンバーや能登のみなさん
そして年越しを能登での活動にとしてくれたスタッフのみなさん

ありがとうございました

2026年も月命日活動はじめ
代々木公園での能登支援イベント
FC11開催など
能登支援活動を続けていきたいと願っています

さまざまな形で
みなさまそれぞれの得意分野でこの活動をともにおこなっていただけましたら幸いです

2026年
これからも何卒ご支援ご協力のほど
どうぞよろしくおねがいいたします

ありがとうございました

一般社団法人 LOVE FOR NIPPON 代表 
CANDLE JUNE